金属の軋む音が、規則的に聞こえて来る。
空を見上げると、木漏れ日が眩しくて、暖かい。
普段より低い位置から外の景色を見るのは、少し新鮮で、少し怖い。


前に進んでないんじゃないかっていうぐらい続く、真っ直ぐなけやき並木。
整備されたとても広い歩道は、私なんかが通っても邪魔にはならないみたいで、嬉しいような、切ないような気持ちになる。


、寒くはありませんか?」


頭の上から聞こえる大好きな人の声。
私の顔色を伺ってるみたいで、最近は、少し一緒に居るのが辛かったり、したりして。


「大丈夫だよ、ありがとう、比呂士。」


膝の上には淡いオレンジ色の膝掛けがかかっていて、これは私がこうなってから最初に比呂士がくれたプレゼントで。
次は、私の頭を飾る、淡い黄色のニット帽、その次はアイボリーのポンチョ。
…全部、私が、こうなってからも、寒くないように、辛くないようにって、私の為に買ってくれたもの。
凄く嬉しいし、あったかいけど、…切ない。










比呂士は私にはとても理解が出来なそうな難しそうな参考書を開いて、ペンを走らせる。
私はその横で、ごく普通のありふれた参考書を開いて、望みの無い復学に向けて脳を使う。

同世代の子たちはセンターだ受験だと追い込まれてんだろう。
エスカレーター式の高校の私たちには、あまり関係のない話みたいだけど。
それでも比呂士は「学生の本分ですから」なんて言って凄い勢いで勉強してる。
でもその場所が、消毒液の匂いにまみれた私のベッドサイドなんて、後ろめたい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

ふと比呂士がペンを置いて、私もつられて手を止めた。


、今度の日曜日、私とデートしませんか。」


ああ、この人は、わざと"デート"って言ったんだ。
…優しいけど、なんか、歯痒いし、…切ないよ。


「…いいの?」


何て答えたらいいかわかんなかった。
私がこうなってから、比呂士、私に気を使ってばっかりで、私は凄く後ろめたかった。
知ってるんだよ、比呂士、私からずっと逃げてる事。


「もちろんですよ。久々に外の空気に触れましょう。」


そう言うと、比呂士はベッドサイドに置かれた小説の山を片付けた。
私がここに来てから、退屈しないようにって、毎週持って来てくれる、優しい、すごく。
比呂士の家は図書館なんじゃないかっていうぐらい、尽きる事なく小説はやってきた。
弾む声で感想を求めたり、自分の考えを言ったり、私はそんな比呂士が見たくて、読み続けた。


比呂士は変わる事なく、ずっとここへ通い続けて来てくれた。
でも、心の距離がどんどん離れて行くようで、悲しかった。










規則的に続いていた金属の軋む音が途切れ、流れていた景色が止まる。
振り返って見上げると、比呂士は切なそうに私の顔を見る。

もう、だめなのかな、私たち。


「…。」
「…なぁに?」


やっぱりけやき並木は果てしなく続いてて、でも私の景色は進まなくて。
比呂士が押してくれていた車椅子は、押す力を失ってぽつんと止まったままで。
タイヤに付いているポールに両腕をかけて、くるりと比呂士の方に向き直る。


「…比呂士、もう、私たち、だめなのかな。」


ああ、言ってしまった。
言ったら終わってしまう、そう思い続けていたのに、言ってしまった。
私の足が歩みを忘れてから、比呂士は、私に気を使い続けて、だめだよね、そうだよね、疲れるよね。
言葉を選んで、私の足が元に戻るように信じてる素振りをし続けて。
…私だって、比呂士に、辛い所、見せないように、頑張ってきたんだよ…。


「…、私は、終わらせたくありません。」


意外な言葉に顔を上げる。
比呂士はかがんで、私と同じ目線になるようにして、続ける。


、もう私は逃げない。貴方と戦います。信じています。はまた歩けます、走れます。」
「…そうだね、そうかもしれないね。」


わざとぶっきらぼうに答えると、少し冷たい私の指先を、大好きな人の手が包み込んだ。
でもその手は凄く力がこもっていて、少し指先が痺れる、でもどうしてか心地いい。


、今度は私が貴方に苦労をかけてしまうかもしれない。しかし、私とて、もう自分に正直でありたいです。」


ネガティブな思考ばかりが頭をよぎる。比呂士は、私の足から逃げるんだ。
そうだ、自分に正直なんて、きっと、その事に決まってる。
もう辛い事を抱えるのは嫌。この足だけで十分、十分すぎるのに。


「いいよ比呂士、私から、いくらでも逃げて。」
「結婚しましょう、。」


へ?、とすっとんきょうな声をあげてしまうと、紳士のマナーだ何だといつも周りの目を気にする比呂士が、この歩道のど真ん中で唇を重ねた。
気持ちのこもった口づけは、どれぐらいぶりだろう、胸が締め付けられる、ねぇ比呂士、私の心を攫うのなんて簡単過ぎて困るでしょう?


「貴方の足を治す為なら、私はどんな勉学の努力も惜しみません。勉学ばかりで貴方に寂しい想いをさせてしまうかもしれない。そもそも学生結婚なんて先行きの見えない事を、大切な貴方とする事をどれだけ躊躇ったかわかりません。でも、もう、いいんです。ただ単純に、私は貴方の傍に居たい、一番近い場所で支えたい。貴方の車椅子を押すのは私だけであって欲しい。…これはただの私の支配欲かもしれませんが。」


よく喋る比呂士を見る事なんてないから、ふふっ、と笑いがこみ上げる。
でもこの笑いは、それだけじゃないってわかってる。嬉しいんだ。こんな私を、こんな素敵な人が受け入れてくれる事が。
でもごめんね、私、泣かないよ。この足が歩みを忘れたその日に、私、一生分泣いちゃったんだから。


「大学生になったら、おんなじ"柳生"になるんだね。」
「毎朝、私が貴方を起こすんですよ。寝起きの悪い貴方の事だから、あと5分と繰り返すのでしょうね。」
「そんな事ない…と思う…。」


今度はふふっ、と比呂士が笑った、二人で笑い合った、二人で笑う事なんて、もう、一生来ないと思ってた。
私の足を見る度に、辛い顔をする比呂士が嫌で仕方なかった時期もあった。
でも、もう、どうでもいいや。
私、こんな足だけど、比呂士の事、支えられるかな、大丈夫かな。
ねぇ比呂士、大好きだよ、大好きすぎて、壊れちゃって、そうしたら、足も治っちゃったり、しちゃわないのかな。



愛するということ

(退院したら、改めてご挨拶に伺わなければなりませんね)
(比呂士のご両親は、…反対しないのかな)
(大丈夫ですよ、父も母も大賛成でした)
(えええっ!?もう話してあるの!?)
(冷えてきましたね、病院に戻りましょうか)






special thx to
企画/止まったトキをもう一度 様
and you.