「ねぇ、お父さん、あの月が欲しいの。」
「よし、取って来よう、ハシゴを使おう。」






貴方はまたそんな事をおっしゃるのですか、だいたい、ハシゴなどで月に行ける訳がないじゃないですか、そもそも月の大きさというのはですね、

なんて、騒ぎ立てる柳生先輩と、その後ろには、低くてまぁるいお月様。
そういう歌があるんですよ、先輩、って何回説明しても、柳生先輩は、小さくため息をついて、いいですか、ってまた難しいお話を始める。

それがだんだん面倒になると、私はベンチから駆け出して、向かいの滑り台に駆け上って、月に手を伸ばすんだ、ほら、届いたでしょう?
で、もう一回、歌うんだ、月をハシゴで取ってくる、そんな歌。



「先輩、今度このCD持って来ますよ!」
「結構です。私は流行りの歌にはあまり関心がないのですよ。」
「じゃぁ、通しで私が歌ってあげる!」

やれやれ、っていう顔で、先輩は滑り台の下に立って、私を見上げる。
めんどくさそうな、でも、少し嬉しそうな顔に見えて、私は大きく息を吸う、お月様も吸い込んじゃうぐらい。

そして私に吸い込まれたお月様は、お腹の中でぐわんぐわん、と低く響いて、消化された。
なんだか私は満ち足りた気分になって、滑り台のてっぺんから、先輩に向かって飛び降りる。


「貴方は本当にお転婆ですね。」
「先輩、それ、褒め言葉!」

私の下敷きにはならなかった先輩のせいで、足の裏がじんじん、じんじん、響いてる。
それは消化されたお月様まで届いて、私の胸の奥が、ちくん、と痛くなる。
しゃがみこんで足をさすると、先輩の大きな手のひらが、私のちんちくりんな頭を包んで、今度は、お腹のお月様が、きゅう、っと締め付けられて、悔しいって思ってしまう。


「先輩、私、お月様食べちゃった。」
「…また不可思議な事をおっしゃいますね。ほら、月は空に浮かんでいるでしょう?」
「ねぇ先輩、私がお月様になっちゃったら、先輩は毎日私を見上げてくれる?」

ついに先輩の言葉が途絶えて、しまった、って思ったり、やっぱり、って思ったり、お腹のお月様はとても忙しかった、なんで私、お月様食べちゃったんだろう。


「…貴方が月になっても、私は貴方を見上げたりしませんよ。」
「ケチ。」

なんだか悲しくて悔しくて、一緒に居るのも辛くなってきちゃったりして、よし逃げ出そうって考えて、涙を堪えて、立ち上がる、お月様はそれを嫌がる。
ベンチの方にくるりと向くと、左手に先輩の手が重なってて、びっくりして、私はかちんこちんに凍ってしまった、お月様を食べちゃったから、凍っちゃったのかな。


「一緒に、月に行きましょうか。」

先輩が先輩らしくない、それはもう突飛な言葉を言うもんだから、私はさらにかちんこちんに凍る、多分これはもう溶けないな、なんて考える。

先輩が大きく腕を開いて、温かく私を包み込んで、でも、こんなに温かいのに私はやっぱり凍ってて、お腹がずきんずきんって痛んで、今度は苦しくなって、やっぱりお月様は忙しく私の中を駆け回って。


「先ほどは、受け止められずすみませんでした。」
「…せんぱ、」
「では、月へ行って、月を取って来ましょうか。」

先輩が私のおでこに、ちゅ、と優しさを落とすと、私たちはふわふわと宙に舞い上がって、ハシゴなんて使わなくても、お月様に行けるじゃない!
って、お腹のお月様と一緒に思って、結局私は溶けて、とろけてしまって、ぎゅ、って、抱き返した。



一緒に聴いた音楽(今は聴けない)

(ねぇ、お父さん、あの月が欲しいの)
(私はお父さんでもないですし、もう月は貴方にあげましたよ)

(そうだった!)




special thx to
企画/ロスト・メモリー/失った記憶 様
and you.