「ねぇ、これは?」
「それはダメですよ。」
「そっか、ダメなのかぁ。」
なんでも知ってる、比呂士くんは、今日も私の部屋に来てくれる。
よしよし、って頭を撫でてくれて、見た事も無い食べ物を持って来てくれる。
でも、どれが食べていいものか、どれが食べちゃダメなのなのか、私は、知らない。
だから、なんでも聞くんだ、比呂士くんは、なんでも知ってるから。
「これ好き。」
「そうですか、ではまた持って来ましょう。」
「これ、なんていうの?」
少しだけ眉をしかめて、また、私の頭を、よしよし、って撫でてくれる。
比呂士くんは、不思議な匂いがする、私の知らない匂い、お外の匂い。
「これは、林檎という物ですよ。果物です。」
「くだもの?それはなぁに?」
「果物はですね、」
なんだか知らない言葉ばっかり、比呂士くんは並べて、嬉しそうに微笑む。
よくわかんないけど、わかったフリをして、にこ、って微笑むと、比呂士くんは嬉しそうにする。
わーい、嬉しそうにしてもらえた、私も、嬉しいな。
「あ。はじまる。」
「…その様ですね、それでは、私は帰るとしましょう。」
ぐおーん、っていう音がこの部屋に響くと、比呂士くんは帰らないといけなくなる。
どうしてかはわからないし、私は、この音を聴くと、眠らないといけない。
眠くなくても、目をぎゅっ、と瞑って、眠ったフリをしなくちゃ、いけない。
「明日も、来てくれるの?」
「もちろんですよ。また、色々お話しましょう。」
「わーい。」
また比呂士くんは、私の頭を、よしよし、ってする。
私は比呂士くんの匂いを嗅ぐ、これが最後かもしれないなぁ、って、いつも、思ってしまうから。
いつもの不思議な匂いに包まれて、私は飛ぶんだ、白くて四角い空は、手を伸ばすとすぐに届くから。
ぐおーん、ってもう一回、いつもの音が響いて、私はお布団に潜り込む。
目をぎゅっと瞑ると、比呂士くんが行っちゃった音がした、また明日、会えるかな。
眠くないから、比呂士くんが教えてくれた、色んな事を思い出した。
お外の世界では、空は四角くないってこととか、
風っていう、いたずらっ子が居るんだよ、とか、
みんないろんな色の、色んな形をしたお洋服を着てるんだよ、とか、
テニス、っていう、何か楽しそうな事があるんだよ、とか。
四角くない空なんて、想像もできないし、
目に見えないいたずらっ子なんて、とっても怖いし、
いろんな色って言われても、私は、このお部屋と、私のお洋服と、ごはんの白ぐらいしか、詳しくは知らないし、
テニスなんて、想像もできないよ、楽しいって、比呂士くんは言ってたけれど。
まぁるくて黄色い「たま」を、みんなでぽこぽこ、打つって言ってたなぁ。
「黄色」ってなんだろう。「たま」ってなんだろう。「ぽこぽこ」ってなんだろう。「打つ」ってなんだろう。
今度一緒にやりましょう、って、比呂士くん、言ってた、私にも、できるかな。
ひゅ、ひゅ、比呂士くんの動きの真似を、お布団の中で、ごそごそ、してみる。
テニス、このお部屋じゃ出来ないのかな、楽しいなら、比呂士くんと、やりたいな。
お外の世界は、知らない事ばっかりで、怖いな、私は、ここの白いお部屋がいいな。
比呂士くんは、いつか、お外に連れて行ってくれる、って言ってたけれど。
いつの間にか眠ってしまって、起きて伸びをすると、比呂士くんがくすくすと笑ってた。
「寝顔が可愛かったですよ。」
可愛いってなんだろう。でも、比呂士くんが言うんだから、きっと、素敵な事なんだろうな。
比呂士くんは、いっぱい物を持って来てて、ああしなさい、こうしなさい、って言った。
比呂士くんの言う事だから、全部が正しいんだろうなって思って、全部その通りにした。
白くはない、なんて言ったらいいかわかんない、不思議な色のお洋服を着て、不思議な形の靴を履いて、
髪の毛を、比呂士くんがまとめてくれて、なんだか頭が軽くなった気がした、顔の周りが、すっきりする。
「さぁ、行きましょう、外の世界へ。」
「…やだ、怖い、怖い、私ここがいい。」
「大丈夫です、私が居ますから。」
そっか、比呂士くんが居てくれるんだ、じゃぁ、怖くないな。
「目を、瞑ってて下さい、大丈夫です、私を信じて下さい。」
「わかった、比呂士くんが居たら、私、怖くない。」
ぶおーん、って、いつもの音が響いた。
少し我慢して下さいね、って比呂士くんの声が響いて、私は比呂士くんに持ち上げられた。ひょい。
ぶおーん、の、いつもの音に、癖のように、目を瞑ってしまう。
比呂士くんはやっぱり不思議な匂いがして、温かかった、いつも食べてる、白いごはんみたいに、温かかった。
「さぁ、もう、目を開けて下さい。着きましたよ。」
「…起きて下さい、外の世界ですよ、もう、自由なんです。」
「ほら、これが、林檎の木ですよ。林檎がいっぱい、なっているでしょう。」
「目を、開けて下さい。」
「どうか、目を、開けて下さい…!」
ELEFTHERIA
(ほんとうの自由って、なぁに?)
special thx to
企画/Maybe 様
and you.