机を動かす、ギギ、とした独特の音。
今にも涙を零しそうな顔でしゃがみ込み、床に顔を近づけ、きょろきょろと見回し、呟く。
「柳生くん…ごめんね、もう、いいよ。先に帰って…?」
申し訳無さそうに眉を下げ、ぺたりと床に座り込み、一点を見つめる。
その先には規則的に並べられた、五角形の木の欠片。
またその数を確認して、項垂れ、ピンクのハンカチに顔を埋め、肩を震わせた。
つい30分前の事。
部活後に教室のドアを開けると、さんが、母親とはぐれた子供の様な顔で、私の名前を呼んだ。
その足下には将棋の駒が散らかって居た。
「さっきぶちまけちゃって…。一個足りないみたいで…。」
きっと、今は、反省という言葉が誰よりも似合うだろう瞳。
その細い指先は、散らかって居た駒を規則的に並べる。
「私もお手伝いしますよ、必ず教室内にあるでしょう。そんな顔なさらないで下さい。」
パッと開いたその花の様な笑顔に、今日は少し運が向いている様だと、心で小さく思う。
恐らく将棋は全く知らないのでしょう、彼女は駒を小さい順に並べ、一種類だけ奇数になって居る事を嘆く。
「柳生くんは、将棋、わかるの…?」
「ええ、よく祖父の相手をした物ですよ。」
「おじいちゃんっ子なんだね。私もおばあちゃんっ子なんだ。」
弾む会話、こんなにさんと話すのは初めてだ。
しかしその弾んでいた会話も、一つの駒に対しては長過ぎる時間の経過によって、彼女の感情を変えてしまう。
「私は大丈夫ですので、気になさらぬよう。必ず見つかりますよ、頑張って探しましょう。」
ハンカチが離れたさんの顔は沢山の大きな雫と、其れがつたった跡でいっぱいで。
私の顔を見ると、うんうん、と大きく頷き、涙混じりの声で私に告げた。
「柳生くん、ホントにごめん…。ありがとう…。」
さんは先ほどとは逆方向に体を向け、別の机を動かす、また、ギギ、とした独特の音が響く。
「かおるしゃさーん…。出てきて…。」
うわずった声で「かおるしゃ」なんて言う物だから、私は思わず吹き出した。
「さんは、可愛いですね。」
「からかわないで下さい…。」
未だ「かおるしゃ」さんを呼び続ける彼女が可愛くて堪らない。
此のまま「かおるしゃ」と呼ばせ続けたい、なんて、我ながらどうにかしているようで。
「さん、もうこんな時間ですよ。遅いですし、ご自宅までお送り致しますので、今日はもう片付けましょう。」
彼女はまだ探す、と答えるとわかっている。
其れでも私は"紳士"、帰りを促す"義務"がある。
さんは手を止め、教室の時計を確認すると、小さく首を振った。
「もう少し居る…。だって、
だって足りないんだもの!」
(貴方にとっては、駒が)
(私にとっては、貴方との時間が)
(わかりました、私もとことん付き合いましょう)
(そう答えながら、先ほど拾ったポケットの香車に触れ)
(まださんとの時間が終わらないと)
(心の中で微笑んだ)
(そして、此の想いこそ香車なのだと)
(さんに届いた時こそ、成る事が出来るのだと)
(「かおるしゃさーん…。どこですかー…。」)
special thx to
企画/貪欲 様
and you.